Mr.Children「himawari」のミュージックビデオを見て、久しぶりに少し泣いた

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慧すけ(秋山慧介)

2017年9月より、生き地獄といわれる税理士試験に挑戦する管理人慧すけが、日々の思いを赤裸々に綴っております。 姫路の秋山税理士事務所(相続専門)に所属。資格の大原(神戸校)に通学中です。 ブログは2017年9月1日より月・火・水・木の午前8時に更新。 143記事を投稿中!

 

久しぶりにアーティストのMV(ミュージックビデオ)を見て心が揺さぶられました。

その曲の名前は「himawari」

2017年7月26日に発売されたMr.Childrenの37枚目のシングル曲です。

東宝系映画『君の膵臓をたべたい』主題歌。

映画制作陣のオファーを受け書き下ろした桜井は「この物語の中にある苦しい程の美しさ、強さ、優しさ、残酷さ。それらを包み込みながらも更に拡がりを持って押し出していける、そんな音を探して探して、やっとのこと辿り着いた曲は、自分の想像を超え、また新しい力を与えてくれるものでした」と語った。

また、映画の原作者である住野よるは「桜良(さくら)をヒロインとしたこのお話の主題歌に夏の花のタイトルがついていたことに想像を悠々と超えられた感覚があったのですが、それ以上に、桜が散ってもその先に足を踏み出さなくてはならない、主人公やこの映画を観た全ての人にとってとても重要な曲になると感じています」とコメントを寄せた。Wikipedia himawari (Mr.Children)

今日の記事は、そんなMr.Childrenの「himawari」のMVを見て、曲を聴いて、歌詞を読んで感じたことを自分の解釈をふんだんに含ませつつ語って行きたいと思います。

 

「himawari」のMVを見て、心が震えた

僕がこの曲に惹かれブログの記事に書こうとまで思ったキッカケが、この圧倒的な美しさとメッセージ性を持つミュージックビデオを見たことです。

まずはとにかく一度「himawari」のMVを見てみて下さい。

 

僕はこのミュージックビデオの映像に圧倒され、メロディの壮大さ・桜井さんの情動的な歌声に本当に感動しました。

でもここで「himawari」についてそれ以上のアプローチをしていなかったら、「あぁ素晴らしい歌とMVだったな」という感情だけで終わっていたと思います。

僕がこの記事を書きたくなった本当の理由、それはこの歌の歌詞に心を奪われたからです。

僕はいま、皆さんにも是非この曲を聴いて、映像を見て、そして歌詞に触れて欲しいと思いこの記事を書いています。

 

「himawari」の歌詞と僕なりの解釈

優しさの死に化粧で
笑ってるように見せてる

君の覚悟が分かりすぎるから
僕はそっと手をふるだけ

「ありがとう」も「さよなら」も僕らにはもういらない
「全部嘘だよ」そう言って笑う君をまだ期待してるから

君は僕にずっと優しい嘘をついてくれてたよね。
そんな君の気持が痛い程に分かるから、僕もそれに合わせるんだ。

でもね僕たちの間には終わりの言葉なんて必要ないんだよ。
だってほら・・・・・いつか君がきっと僕に笑顔で種明かしをしてくれるんだから。

 

いつも
透き通るほど真っ直ぐに
明日へ漕ぎ出す君がいる
眩しくて綺麗で苦しくなる

暗がりで咲いているひまわり
嵐が去ったあとの陽だまり
そんな君に僕は恋してた

いつも僕の目には強く美しく生きている君が映っていて、
君のその強さが、眩しさが、
何故だろう、どうしようもなく僕の胸を締め付けるんだ。

絶望の中でも諦めない君の姿に、
悲しみの後に笑顔を見せてくれる君の姿に、
そんな君の全てに、僕は恋をしていたんだ。

 

思い出の角砂糖を
涙が溶かしちゃわぬように
僕の命と共に尽きるように
ちょっとずつ舐めて生きるから

だけど何故だろう怖いもの見たさで
愛に彷徨う僕もいる
君のいない世界って
どんな色をしていたろう?

違う誰かの肌触り
格好つけたりはにかんだり
そんな僕が果たしているんだろうか?

君のことを僕は一生忘れないよ。
僕の人生の最後の日まで、僕は君を想って(思って)いるから。

だけど、君への想いを抱きながらも温もりを求めてしまう弱い僕もいるんだ。
もしも君へのこの想いが最初から無かったのなら、僕の世界はもっと色づいていたのかな?

君以外の誰かと恋をして、
その人と恋人らしい日常を送ったりなんかしてさ、
もしも君と出会わなければ、そんな僕がいたのかな?

 

諦めること
妥協すること
誰かに合わせて生きること
考えてる風でいて
実はそんなに深く考えていやしないこと
思いを飲み込む美学と
自分を言いくるめて
実際は面倒臭いことから逃げるようにして
(よこしま)にただ生きてる

だから透き通るほど真っ直ぐに
明日へ漕ぎだす君をみて
眩しくて綺麗で苦しくなる
暗がりで咲いてるひまわり
嵐が去ったあとの陽だまり
そんな君に僕は恋してた
そんな君を僕はずっと

ほら本当の僕を見てみなよ、君のような美しさや逞しさは微塵もない。
僕は君が知っている僕なんかよりもずっとズルくて醜い男なんだ。

そんな弱くて脆い「僕」だからこそ、HIMAWARIのような「君」がとても眩しくて愛おしかったんだ。

そんな君に僕はどうしようもなく惹かれていたんだよ。

そんな君を僕はずっと・・・。

 

「僕」という存在も「君」にとってのhimawariだった

上記の解釈は、himawariの歌詞から受け取れる情景や心情をメインに書いてみました。

歌詞の青い部分は「君」が生きている時、赤い部分からは「君」がこの世からいなくなってしまった後の世界を綴っていると思うのですが、凄く興味深いのがサビの部分の〝眩しくて 綺麗で 苦しくなる〟という部分。

この部分が「君」が生きている時いなくなった後では、その意味合いが少し違っていると僕は思うのです。

最初は自分がいなくなってしまうことに目を背けずに、強く生きている君の姿に純粋に胸が締め付けられるような思いを感じているのに対して、

最後の部分では「君」がいなくなってから感じる自分の弱さや醜さと、そんな「僕」と対比するように強く美しく生き抜いていた「君」を重ねて、思い出の中の「君」の美しさと今の自分自身への自己嫌悪から胸が苦しくなるという意味が込められていると思います。

 

・では何故、「僕」は「君」がいなくなった後の世界でも自分を否定し続けてしまっているのか?

それはやはり、「僕」自身が自分の弱さを晒して、その上でその弱さを認めて欲しい「君」にそれを見せなかったからでしょう。

「僕」は気付いていたんだと思います。

透き通るほど真っ直ぐに明日へ漕ぎだす君

暗がりで咲いてるひまわり 嵐が去ったあとの陽だまり

そんな「君」の強さだけでなく、それを必死に見せまいとしている「君」のどうしようもない弱さにも。

 

だから「僕」は晒さなかったのだと思います、自分自身の弱さや「君」に抱える劣等感も。

himawariのような「君」の弱さも知っていたから。

気付かれる訳にはいかなかった、必死で生きているいまの「君」に。

結果的に「僕」の劣等感や自己嫌悪は解消されないまま、「僕」は今日もhimawariのような「君」を想って生き続けているのです。

ですが「君」に余計な重みを背負わせまいと「君」のことを大切に想い続けたそんな「彼」の優しさや強さは、きっと「彼女」だけにとってのhimawariだったのだと僕は思います。