自分の人生の記録を記すことの重要性を痛いほどに実感しています

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慧すけ(秋山慧介)

2017年9月より、生き地獄といわれる税理士試験に挑戦する管理人慧すけが、日々の思いを赤裸々に綴っております。 姫路の秋山税理士事務所(相続専門)に所属。資格の大原(神戸校)に通学中です。 現在160記事を投稿中!

 

僕はこれまでの人生の中で、取り返しのつかない重大な過ちを1つ犯してしまっています。

その重大な過ちとは、自分の人生を写真として文章として残してこなかったことです。

 

とにかく小さな頃から自分の写真に興味がなかった

僕は昔から自分が写っている写真というものに全く興味がありませんでした。

僕のその性質は、思い返せば小学校の頃から発揮されていたと思います。

僕達の小学校では遠足や旅行などの行事がある時には、必ず同行のカメラマンの方が僕達の姿を写真に収め、後日その原本データが廊下にズラーっと貼り出されます。

その写真には1枚ずつ番号が振られており、みんな思い思いに自分の写っている写真を注文していました。

ですが僕は小・中・高の12年間の間、1度も廊下に貼り出された写真を買ったことがありません。

高校生になり携帯電話にカメラ機能が付き、みんなが写真に夢中になっていた時も、僕の画像フォルダーには風景の写真や友達の写真のみ大量にストックされて行き、自分の姿が写った写真は1枚もありませんでした。

 

とにかく日記と言うものを馬鹿にしていた

馬鹿にしていたと言うと少し語弊がありますが、とにかく自分の人生を綴ると言うことにも1ミリも意味を見出せませんでした。

20歳の誕生日の時に、大学で所属していた弓道部の友人から10年日記と言うアイテムをプレゼントされました。

その時の僕の対応は最低で
「いや~日記は興味が1ミリもないわ~」
「それに10年分はちょっと重たすぎるって!」

と友人のプレゼントを茶化し、結局そのプレゼントを貰っても絶対に有効活用出来ないことを理由に、折角友人が僕に送ってくれたプレゼントを受け取らなかったのです。

 

当時の自分をぶん殴ってやりたい

今思うと本当に勿体無いことをしたなと思います。

20歳から30歳までの僕の人生は、プロフィールページにもあるように、本当に大げさでは無くドス黒い暗黒のような日々でした。

当時はそんな自分の日々の思いを日記に残しておこうなんて微塵も思わなかったですし、ましてや動けなくなる程グチャグチャに掻き壊している自分の身体の写真なんて、写真に収めようという概念すらありませんでした。

しかし、あの日々を過去にできた今だから思うのです。

なんであんな誰も経験できないような過酷な日々の記録を、写真や文章にして残さなかったのだろうかと。

いま僕が何千文字、何万文字で当時の悲惨さを書いたところで、実際の悲惨さの30%も皆さんには伝わりません。

ですがたった1枚あの頃の自分の姿を写した写真があれば、いま当時の僕と同じ境遇で苦しんでいる人に、
・明るい未来はあるんだと
・諦めなければいつか暗い、暗い、暗い、暗い地下の世界から、皆がいる世界へ戻って来ることが出来るんだ

と言うことを指し示せることが出来たのに、と後悔の気持ちしかありません。

 

これからは自分の人生を記していく残していく

よくブログを継続して書かれている方は、ブログのことを【資産】と表現されます。

僕も本当にその通りだと思います。 ブログは【資産】です。

自分の喜び・苦しみ・幸せ・挫折・成功の全てがブログを書くことにより蓄積されて行きます。

これは自分にとって
・昔の自分の思考の確認
・現在の自分の想いを文章にして明確にする
・自分の人生軸の調整

にも効果を発揮してくれますが、ブログを継続していくことの最大のメリットは、

他者に向けて自分という人間の人生を表現出来ることだと、今は思います。

 

まとめ

慧すけ
自分の人生を残していくため、そしてそれを自分以外の誰かに少しでも役に立てて貰えるために、これからも自分の人生を文章として残していきたいと思います。

そして自分の写っている写真という、今まで近づこうとしなかった物にも、少しずつ挑戦していかなくてはいけないなと思う今日この頃です。